◆最も多い高血圧性疾患
平成8年の厚生省の患者調査によると、主要疾患のうちで患者数の最も多いのは、高血圧性疾患の749万人、次いで糖尿病の218万人、心臓病の204万人、脳卒中の173万人、がんの136万人の順番だ。これらは食生活や運動習慣、休養の取り方、嗜好など生活習慣が発病に密接に関係する生活習慣病なのである。日本の三大死因であるがん、脳卒中、心臓病が生活習慣病なのだから、生活習慣病の予防こそ、私たちの健康を守るための最大の課題と言っても過言ではない。
職場での健康診断や住民検診などで検査数値を目にする機会が増えている。健康を維持するためには、健康の指標となる数値を知っておくことは必要だ。とは言っても一知半解の誤りは避けたい。そこで、心筋梗塞など心臓病や脳卒中の危険因子であるコレステロールについて調べてみよう。
東京都内に住む50歳になる会社員のAさんのケースだ。身長170p 、体重75s 。BMI指数で26、明らかに太り過ぎである。会社の健康診断は毎年、受診しているものの、体重は一向に減らない。「これではいけないと自覚しているんですが、なかなかできなくて…」とAさんは弁解する。
ところが、今春の健診で総コレステロール値が290r に増加し、診断の総合判定欄には「高脂血症」と記載された。しかし、Aさんはその後、これといった治療を受けようとしない。痛みやかゆみなどの自覚症状がないと、なかなか病院に行きたがらないのは、患者の共通した心理のようだ。Aさんの場合、今のうちは何でもないように見えても、血管は着実に侵されていくだろう。高脂血症の恐ろしさはそこにあるのだ。
コレステロールと言えば、どうしてもマイナスのイメージがつきまとう。実は、われわれのからだにとってなくてはならない脂肪だ。さまざまな組織に運ばれ細胞膜やホルモンの材料になったり、脂肪の消化吸収を助けるなどの役割を果たしている。
問題は血液中のその量である。ここに厚生省研究班がかつて実施した調査がある。それによると、総コレステロール値は心筋梗塞や狭心症といった虚血性心疾患と明らかに相関している。例えば血液100当たり総コレステロール値が200rと比べて、280〜320rは2.6倍、320〜360rは3.3倍、360〜400rでは何と5倍、といった具合だ。
そこで、日本動脈硬化学会は1997年に、動脈硬化を引き起こさないコレステロール値を決めた。血液100当たり総コレステロールで200r以下、悪玉コレステロール(LDL)で120r以下を適正値、総コレステロールで220r以上、LDLで140r以上を治療が必要なレベル、その間をグレーゾーンとし、その人の動脈硬化の進行具合に合わせて治療するようにしたのだ。
健康診断で異常値が示されても、治療を受けようとしないのは、Aさんだけではないだろう。高脂血症で病院を訪れるのは、60代の人が圧倒的に多い。これらの人たちは、胸痛など動脈硬化の自覚症状が既にあるケースがほとんどだ。
◆早い段階にきちんと治療
心臓の筋肉に栄養などを送っている冠動脈は、コレステロールなどで詰まって細くなっても、なかなか症状が現れない。動脈硬化が「サイレントディジーズ(沈黙の病気)」と呼ばれるゆえんだ。胸の痛みなどを訴えるようになったら、冠動脈は既に75%は詰まっている。「もちろん一夜にしてこうなるわけではなく、何十年もかけて狭さくを起こす。既に10代の後半から動脈硬化が始まっているケースもある」(秦葭哉(はた よしや)・杏林大学医学部教授)。それだけに、健康診断で異常が指摘されたら、早い段階にきちんと治療を受ける必要があることを示している。
高脂血症治療の目標は、いうまでもなくコレステロール値を正常にすることにある。現在は食事療法だけでなく、薬物療法で異常値をかなりの割合で適正範囲にできるようになっている。
ある大学病院のデータによると、220〜259r の軽症の場合、100%近く、260〜299rの中等症では約50%、300r以上の重症でも40%近くが正常になっている。総コレステロール値を1%下げると、心筋梗塞などの冠動脈疾患の発生を2%抑えることができるという報告もある。高脂血症の治療で、高脂血症によってもたらされる動脈硬化性疾患は、約90%は予防可能という。
働き盛りのシニアを襲う突然死の多くは、心臓病や脳卒中など血管病変が原因。これに関与するのはコレステロールばかりではない。最も患者数の多い高血圧や肥満、喫煙などの影響もある。このためにはできるだけ安定した血圧に保ち、太り過ぎを防止して喫煙も止めるのが望ましいことが分かるだろう。
◆見逃せない糖尿病
もう一つ見逃せないのが糖尿病だ。最初は症状がないため放置して、血管合併症が出てきて大慌てするのが糖尿病だ。その患者が600万人を下らないほどに急増している。増加の大きな原因は、栄養過多に運動不足というライフスタイルがあることは間違いない。糖尿病の専門医は「ハイリスクグループは特に用心してほしい。高血糖状態を放置しておくと動脈硬化症になり、間違いなく失明など悲惨な結末につながる」と警告する。
糖尿病は血糖値が高い状態が続く病気だ。その状態が長期間続いた結果、血管が侵され、やがて網膜症や腎症、神経障害、心臓病などさまざまな合併症が出現する。
だが、現実には糖尿病患者のうち治療を受けているのは218万人しかいない。残りの大部分は全く治療を受けていないのが実情という。このため最近のデータでは糖尿病が原因で失明する人が1年間に4,500人余り、腎症になって人工透析を受けなければならなくなる人がざっと1万人、歌手の村田英雄さんのように壊疽などで下肢や足指を切断するケースが数千人にも上ると推定されている。こうなったら手遅れ、もう決して元に戻ることはない。糖尿病の終末像の合併症がいかに恐ろしいかを示している。
糖尿病には血糖値をコントロールするインスリンが全く分泌されないため、インスリンの注射が欠かせないインスリン依存型とインスリンの分泌量が少なく、その効きが悪い非依存型の2つのタイプがあることが知られている。日本では後者が99%以上を占めており圧倒的に多いという。
健康な人は常に血糖値は狭い範囲に維持されている。食間や夜間には、肝臓が放出した糖分を全身の組織がエネルギーとして取り込んで正常値に保たれる。
◆管理の決め手は悪循環を断ち切る
食事をして栄養を吸収し血糖値が上昇すると、インスリンが分泌され、その結果、肝臓からの糖分放出が減少、全身の糖分取り込み率も上がって、血糖値をうまく保つ仕組みが働いている。血糖値の高さはその変化に応じてタイミングよく分泌されたインスリンと、インスリンの働きを受ける臓器の絶妙な協調作用で血糖値は正常に保たれている。この機構のどこが狂っても糖尿病が発症することになるわけだ。
それでは糖尿病のハイリスクグループとはどんなタイプなのだろうか。まず挙げられるのは糖尿病の家族歴がある人。糖尿病には遺伝的な要因が大きく関与しており、例えば遺伝的な背景が全く同じ一卵性双生児の片方が糖尿病になると、もう一人も94%が糖尿病かそれに近い状態になっているというデータもある。親、兄弟に糖尿病患者がいると、著しく発症率が高くなる。遺伝的に糖尿病の素因を持っている人は、インスリンの分泌が遅くて少ないわけだ。
さらに標準体重よりだいたい25%以上重い異常肥満のケースも当てはまる。肥満はインスリンの効きを悪くするなどの理由で、糖尿病の発症率が非肥満者の5倍になってしまう。また高脂血症や高血圧、妊娠中に高血糖になったり、感染症を繰り返したりする場合も糖尿病のハイリスクグループに入る。
これらハイリスクグループが中年になって過食や運動不足など環境因子が加わると、肝臓や筋肉組織でのインスリンの効き悪くなってしまう。やがて反応しなくなって血糖値が上昇。すると、からだは血糖値を下げようとインスリンを大量に分泌しようとするが、疲れきってインスリンの分泌も低下してしまい高血糖が続くようになる。これが糖尿病である。
だとすると、糖尿病管理のポイントは、この悪循環をいかに断ち切るかにかかっている。
専門医によると、まず肝臓や筋肉など臓器のインスリンの効きを高めるためには、ライフスタイルを見直し、発症前の状態に戻すことが必要だ。食べ過ぎや肥満、運動不足をなくすことに尽きる。
特に毎日10,000歩を目標に歩くと筋肉の糖分取り込みが顕著になり、インスリンの出もよくなって効きもよくなってくるという。
それでも改善しないときはインスリンの分泌を促す薬剤を使うが、出ない場合は、短期間インスリンを注射して膵臓を休めると、再びインスリンが出てきてインスリンの効きもよくなる。糖尿病と診断されたら、いい血糖状態を維持して失明など悲惨な結末を防ぐことが重要、と専門医は強調している。
◆病気の手前でストップ
「未病」という言葉を知っているだろうか。読んで字のごとく「いまだ病にあらず」の状態を指す。病気の一歩手前で、病気そのものではないが、この違いは大きい。未病を早めに発見して自分でコントロールする「未病息災」を目指す医師らのグループが昨年、日本未病システム学会を旗揚げして活動を続けている。
未病を定義すれば、検査値に異常があるが、自覚症状がない状態だ。これに対して病気は検査値の異常、自覚症状もある状態ということになる。未病には肥満や高血圧、高脂血症、糖尿病、動脈硬化、骨粗しょう症なども含まれる。未病のポイントは、早い段階で発見して、自分で手当するという点にある。未病の状態で治した方が、それだけ回復するのが早いのは確かといえるだろう。
3年前から活動を続けている日本医科大学第二内科の福生吉裕・助教授は「未病は自分が“未病医”になり、多少悪くなっても自分でコントロールして自分を守る。薬も自分で選ぶ。その代わり責任も自分にあるという考え方。でも病気ではないので働き続けることが可能」と説明する。
そのためには一般人の医療に関する知識のレベルアップも不可欠だ。これまで医療関係者だけで抱え込んでいた医療情報の公開や医療に関する啓もう活動が必要になってくる。学会設立の大きな狙いは、そこにあるのだ